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2011年9月 2日 (金)

真綿の花嫁

9月が始まった。


9月になると、
心がちょっとざわつく。


もうすぐ、仲良しだったいとこが交通事故で亡くなって、4回目の命日。
今年、いとこと同い年のわたし。この年で死んだのか。


旧作のDVDを借りたら、
「おくりびと」の紹介映像が入っていた。


調べたら、「おくりびと」は2008年9月に公開された映画だ。
いとこは、その前年の2007年に亡くなった。


いまから書くことは、
いつか書き残したいと思いつつ、絶対忘れないから記す必要はないと思っていたこと。


でも、思い起こして文にすれば、このざわざわが少しおさまるかな。
忘れっぽいから、細部は思い出せなくなるかもしれない。


内容は悲しいのだけれど、
遺族のわたしとしては、すごく心温まる話なのです。


長い文です。


途中、グロテスクな表現もあるので、苦手な方はスルーでお願いします。
でも、これが人が亡くなるってことなんだ、と私は初めて知ったことです。



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いとこが亡くなったとき、まだ「おくりびと」という言葉は世間には知られてなかった。
いま思うと、「ああ、まさにこれがそうだな」という忘れられない出来事。


横断歩道を渡っている時にトラックにはねられたいとこは、脳挫傷で死亡した。
けれど、眠っているだけのような、安らかで傷ひとつない顔だった。


頭をなでようとしたら、「触っちゃだめなんだって」と言われ、
「ああ、きっとうまく処置してくれたんだな」と思った。


その年は残暑が厳しく、なのに火葬場や葬儀場の空き状況、六曜の関係で、
火葬が5日後になってしまった。


時節柄、遺体を冷凍(冷蔵?)保存するという話がでた時、
葬儀社のリーダー格の年配の人が、(常に3名のチームだった)


「こんなにかわいいお嬢さんを、冷蔵庫には入れられません。
1日3回ドライアイスを取替えにくるので、おうちで過ごさせてあげましょう。」


と言ってくれた。その言葉がなんだかうれしくて、またみんなで涙。
いとこは小柄で童顔。眠っていると少女のようだった。


体の3箇所にドライアイスが置かれ、さらに冷風機が家に運ばれてきた。
冷たい風を常に遺体にあてているので、その部屋だけがものすごく寒かった。


遺体は3日間、自宅に安置された。
風の乾燥のせいか、次第に唇がモロモロになってきてちょっとビックリした。


葬儀社の人たちは、ものすごくまめに動いてくれた。
埼玉の田舎の葬儀社。責任者の年配の男性と、あとの2人は若い男女。


いとこの死化粧は、スキンヘッド風の若い男性スタッフがしてくれた。
「○○ちゃん、若いお兄さんだから照れちゃうね。」なんておばさんが声をかけてたっけ。


そして、いよいよ自宅から葬儀場へ向かうことになって、
いとこが布団から棺に移された。


棺の中には、眼鏡や好きだった本。いろんな物が入れられた。
わたしは2人で撮った写真を、死装束の胸元に入れた。


女性スタッフが、

「では、今から最後のお支度をさせていただきます。30分くらいかかります。
終ったらお声をかけますので、向こうの部屋でお待ちください。」と言った。


最後の支度って何をするんだろう?と、気になった。
戸が開け放たれた隣の部屋から、女性の動きをずっと目で追っていた。


女性はまず車の中から、なにか白い布団のような物を運んできた。
どうやらシート状になった「脱脂綿」らしい。ものすごい量だ。


そして遺体の脇に座ると、それをちぎったり伸ばしたりして、
何かを作り始めた。こよりにしてヒモにしたり、折りたたんだり・・・。


離れたところからは、何をしているのかわからなくて、
そのうち目をそらして、終るのを待ちながら親族と話をしていた。


「お待たせいたしました。棺にフタをする前に、どうぞお別れをしてください。」
と言われ、棺の中を見ると・・・・


「うわぁ~~」と、女性陣はみんな声をあげた。
それは最後の別れには似つかわしくない、ちょっと明るい複雑な感嘆の声だった。


いとこは、棺の中で・・・・


「真綿の花嫁」になっていた。


綿帽子をかぶり、紅をさし、
白内掛けをまとい、真綿の帯と帯締めを締め、なんと綿のぞうりまで足元にあった。


「うわ~!○○ちゃんがお嫁さんになっちゃった!」
「きれいだねぇ、かわいいねぇ」と、みんな興奮気味。


涙で明け暮れていた遺族に、この時だけ、少し笑顔がこぼれた。
でもやっぱりみんな泣いていた。悲しくて、悔しくて、美しすぎて泣いた。


この時の花嫁姿も忘れられないけれど、
葬儀社の人たちの対応も忘れられなかった。


埼玉の田舎で、何も期待していなかったけれど、
気遣いのある対応に、暖かい涙も何度流したことか。


祭壇に飾る花は、我が娘のようにかわいがっていた私の母の意向で、
明るくてかわいい花だけが飾られた。


そうしたらなんだか、芸能人の結婚式?と思うほどの祭壇になった。
こんな明るい祭壇は見たことないけど、いとこは若いんだしいいかもと思った。


入口には、いとこの写真がたくさん飾られ、ギャラリーのよう。
今はこんなこともするんだ。。。と初めて知った。


エレクトーン奏者の人が、いとこが好きだった歌を弾いてくれると言う。
冒頭の責任者の人が司会もしてくれた。無理な花のお願いも聞いてくれて感謝。


葬儀には加害者の家族も来た。
祭壇は明るいけれど葬儀は重々しく、不慮の事故なので参列者の悲しみも大きかった。


火葬されたいとこの骨の中に、大きなホチキスの針のようなものがあった。
たぶん、遺体を修復してくれた時のものだと思う。


そんないろいろな記憶。





今でも思うことは、
あの時、まだ「おくりびと」なんて言葉は知られてなかったけれど、


あの3人のスタッフは、まさにそれだったんだなぁ、と。
2人の男女のスタッフはとても若かったけれど、よくやってくれた。


大変でつらいこともたくさんあるだろうけど、やりがいのある仕事だと思う。
彼らの仕事振りで、遺族が癒されることもある。それはとても大きいこと。


いとこは既婚だった。
どうして花嫁姿だったのかな?と、今でも気になる。


若いから?だとしたら、何歳までこれをやってくれるんだろう。
若い男の人はどんなのかな?年配の人は?と一時はすご~く気になっていた。


「そんなに気になるなら葬儀社の人に聞いてみれば?」
と、ダンナに言われたけれど、まだ聞いていない。



1人の死。


でもこんな悲しみが、年間交通事故死者数や、
大震災で被害にあった人の数だけあると思うと。。。


人はみな、必ず死ぬ。
いとこが死んでから、前にも増して死について考えてる。


でも考えてもね、何がどうなるわけでもない。
いつも考えはグルグルしちゃうけど、そんな時は鳥と遊びますchick


「おくりびと」、まだ見てないから今度借りようかな。


あ、9月に心がざわざわするもう1つの理由に、
誕生日が来るからってのもある^O^;



毎日に感謝。























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