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2017年10月

2017年10月25日 (水)

ケガの後の体のコリ

骨折回想録の続きはお休みして、

「開脚プログラム」を体験した話です。





右腕が伸ばせなくなってから、肩甲骨まわりの凝りがひどい。

つまった感じがして、とても気持ち悪い。

肩を回したり、仰向けになって肩甲骨のあたりにテニスボールを置いたりと、

いろいろ試しても改善されない。


手術をした肘は全く痛まないのに、凝りに悩まされるとは思わなかった。






ケガをする前は、ヨガが好きだった。

以前通っていたスポーツジムでも、ヨガやピラティスのクラスにはよく参加した

し、ジムを辞めてからも、家で真似事をしていた。




友人がヨガのインストラクターの資格を取ってヨガクラスをやっていると

 聞き、時間が合う時に何度か通っていた。

が、骨折してからは、クラスでみんなと同じポーズができなくなったので、

もうヨガはできないな・・・と残念な気持ちでいっぱいだった。





そんな時、そのヨガ講師の友人から、「開脚プログラム」なる講師の資格もとった

ので試してみないかと言われた。今ならモニター価格で受けられるそう。

これなら肘が伸びなくてもできる?と思い、体験してきた。





マンツーマンで指導してもらうこと、およそ20分くらいかな?

写真を撮ってもらった。(恥ずかしいけど・・・)

上がビフォー、下がアフター。

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手がポイントなんですよ。ほんと不思議。

いろいろ初体験な事ばかり。言われるがままに体を動かす。

え、これが開脚に関係あるの?みたいなポーズをしたり。

Photo

初めておでこと鼻が床についた!!

肩回りもだいぶほぐれた。

(骨折した右腕は、伸ばす方はこれが精いっぱい)

180度の開脚とはいかなかったけれど、大満足。




いま、開脚についての本が人気あるよね。

このプログラムは即効性がある!(20分でここまで変った)

指導者とペアになってあれやこれやとやるので、一人ではできない。



やっている時の痛みはほとんどなし。

硬い体を伸ばすつらさはあるけれど、終わったあとの感覚が今までにないもの

だった。特に骨盤まわりがしなやかになった気がする。

帰りに気付いたのだけど、歩くときの足の運びがとてもスムーズ!

腰の位置が上がったような。背筋も伸びた感じ?




思い切ってやってみてよかった!

体ってつながってるんだなぁ、骨や筋肉って不思議~と実感。

余計な物を買うのをやめて節約して、またやってみたいなぁ。




友人のFB→
 



【マイキー&メイ】



雨の日は、ちょっとおとなしい2羽。


天井にフックをねじこみ、長いS字フックと丸棒で作った止まり木。


この部屋には2本渡してあって、いつも追いかけけっこしてます。


もちろん逃げてるのはマイキー(オカメインコの方)

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2017年10月23日 (月)

右肘骨折回想録 その5

(3月に自宅玄関でコケて右肘を骨折。手術とリハビリの記録)



予定より手術が長引いた理由は、(5時間予定が7時間)

先生いわく、「あーでもない、こーでもない」と

いろいろ考えながらやっていたからだそう。

丁寧にやってくれたのだなと、感謝している。





後遺症として、


◎肘をまっすぐ伸ばす

◎てのひらを上に向ける。

これができない。でも他の事は骨折する前とまったく遜色なくできる。

ここまで回復できてよかったという思いの方が強いので、

後遺症のショックはほとんどない。




主治医は、私より若い男性。30代だと思う。

なかなかのイケメンで、ひょうひょうとした感じ。

後遺症の説明の時も、たいしたことないですよ的な、あっさりとした話し方だった

ので、私自身も、「たいしたことない後遺症」と、すんなりと受け止められた。




私には、こういう先生の方が合っていると思った。

重々しく話す先生より、サラっと流す感じの方がいいかな。

質問にはちゃんと答えてくれたし。




手術は成功か?とダンナが聞いた時、

答えは、「まあまあですね。」だったそう。

その答え方が、この先生っぽくて笑ってしまった。




その後の診察で、何度かお礼を言った時、

先生はちょっと照れたように毎回、「いえいえ」、と言ってかわいかったw











さてさて、




術後の長い夜が明けて、次の日の朝。

吐き気もピークは越えた。

朝食前に尿管の管も抜いてもらえた。

朝食は、まだゼリーしか食べられなかったけれど、食べられるようになれば、

点滴も外すことができると言われた。




手術した所は、痛みというより重い感じがする。

右腕の重さが倍になった感じ。

体を動かすときは、常に左腕で支えないといけない。






朝食後の回診。

主治医とは別の先生が来て、

「いや~、大変な手術でしたねぇ。僕も隣の部屋で手術してて、終わった後見て

たんですよ。いや~、大変でしたねえ。」と言いながら消毒をしてくれた。




角度的に自分で傷を見ることはできない。傷は肘の外側にある。

先生が、血を外に逃がす細いチューブが入っていて、それを抜くと言う。

「ちょっと変な感じがしますよ。」と、ピンセットを動かすと、

本当に腕からチューブが出てきたw

10センチ弱くらいかな?血もピューっ、としたたり落ちた。




その腕を見ると、ものすごい太さに腫れている。

倍くらいの太さでビックリ。でも太さよりビックリしたのが肌の色!

ドス黒いような緑っぽくもあるような?こ・・・怖い!

ものすごく不安になる色で、自分の腕じゃない気がする。。。



まだ麻酔が効いているのか、指先を触っても感覚が鈍い。

動かすことはできるけれど、手の甲や指も激しくむくんでいるので、

グーにすると破裂しそうな気がして怖い。そんな訳ないのだけど。




消毒が終わって、「グーパーをいっぱいしてくださいねー。」と言い先生退場。

そしてやることのない1日が始まった。

昼食は、半分食べることができたので点滴も外れた。

吐き気がなくなると元気も出てきてヒマになった。




することがないので、フロアを歩いたり、ipadで映画を見たりして過ごす。

入院前にwifiをレンタルしておいたし、Huluに加入していたので観る物にはことか

かない。テレビカードも買わなかった。




個室に移動できたのはよかったのだけれど、

この部屋がね・・・古い病院だから仕方ないけれど、居心地が悪かったcrying

1つある小さな窓の外は、眼前にコンクリートの壁。日の光は全くなし。

薄暗い蛍光灯に、ベッドと洗面台と、折りたたみパイプイス。

ワガママかもしれないけれど、長い時間いると気が滅入る。。。




結局、個室にいるよりナースステーションの前の面会スペースにいる方が多

かった。

後に、母も夫も、「あの病室は暗くて自分でも嫌だな、、、」と言っていた。






術後2日目の次の日。

今日の回診は主治医。

消毒をしながら傷を見て、

「うん。傷も大丈夫ですね。追加の痛み止めは飲んでないんですか?」

と聞かれたので、「ロキソニンだけで大丈夫です。」と答えた。




そしたら、

「じゃあ退院しますか?」と言うではないですか!

「え?もう?いいんですか?」「いいですよ。」ですってー!

おととい7時間の手術をしたのに、もう退院?! はえぇーー!





ラッキーなことに、明日は土曜日でダンナの仕事が休み。

「それなら明日退院します!」ということになった。





「じゃあ、リハビリ室に連絡をするので、リハビリ計画を立ててくださいねー。」

と先生。そういえば昨日、病室前の手すりにつかまって屈伸をしていたら、

病棟に来ていた先生と目が合った。

きっと、ヒマそうで元気そうに見えたのだろう。その通りだけど。




その後、作業療法士さんが病室に来てくれて、リハビリ計画を立てた。

しばらくは週3回が望ましいとのこと。

仕事はパートなのでなんとか通えそう。

きっと痛いけど、リハビリがんばるぞー!





というわけで、手術前日から入院して4泊5日ですみました。

お見舞いに行くと言ってくれた友人にも、慌ててメール。

夫も両親も、え?もう?という感じでした。





次はリハビリ篇書きますー


















2017年10月16日 (月)

右肘骨折回想録 その4

右肘を骨折したのは、3月29日だった。

この時期でラッキーだったと、今でも思う。

不幸中の幸い。





翌日に総合病院でシーネ(ギプス)で固定をしてもらったのだけれど、

右腕の肘から下が、ものすごい太さなのだ。超極太。

こうなることは予想していたので、かぶりのゆったりした半袖シャツの上から、

手編みのポンチョをかぶって病院へ行った。ポンチョあってよかったw





処置後の帰りにまず行ったのは、駅ビルの洋服屋。

この極太腕じゃ、明日から着る服がない。

店員さんに、「この腕が入る服をくださ~い。」と、超極太の右腕を見せると、

とても親身に探してくれた。ちょっと高かったけど3枚を大人買い。






春先だったので、七分袖の服でなんとかなった。

寒い日はアームカバーをすればOK。

あとは着古した長袖を右肩から裁断して着たり、友人が「これなら着れるんじゃ

ない?」と服をプレゼントしてくれたのもありがたくうれしかった。





もしこれが真冬だったら、大変だったろう。

1番上に着るコート類は、さすがに片袖を切るのはためらわれる。

でも上着を着ないと寒くて外は歩けないだろうし。

一方、真夏だと、包帯でぐるぐる巻きの腕がムレてかゆかっただろうな。

ニオイも気になるし、傷も化膿しやすかったかもしれない。





なので、春先というのは骨折のベストシーズンなのであった。

リハビリ師さんに言ったら、確かにそうですねと笑っていた。







さて、手術前日に入院。




この病院は、パジャマもアメニティも病院指定(有料)なので持参不要。

持っていくものは下着と小物くらい。

肩掛けバッグ1つで済むし、家からはタクシーで行くので1人で病院に入った。






希望した個室は空きがなく、6人部屋の真ん中で両側がカーテン。

狭い!狭すぎる!

カーテンで仕切ってあるとはいえ、隣の人とものすごい近さ。

そしてこの夜は、一睡もできなかった。。。。





整形外科病棟と言うのは、みんながどこか痛い。

私の病室は、私より若い女性が1人いたけれど、それ以外は高齢者。

みんな痛くて一人でトイレに行けないので、看護師さんを呼ぶのだけど、

体を動かすと全員がもれなく、「痛い!あいたたた・・・」と叫ぶのです。

夜は全員が最低1度はトイレに行く。。。





若い女性はとりわけ痛そうで、何度もナースコールで痛みを訴えていた。

座薬を使って欲しいと訴えるが、血圧が低すぎてダメみたい。

うめき声が本当に辛そうで。。。。どこを手術したのだろう?

などと考えていたら、眠れなかった。





朝になった。

朝食はなし。手術は10時から。

手術のことより、この病室であと何日かを過ごすと思うと、

こっちの方がブルーになってしまって、どよ~~んな気分。





ほどなくしてダンナ登場。

終わったら仕事に行くそうで、スーツ。病棟でかなり浮いている。

手術時間は予定では5時間。

お任せなので心配しても仕方ない。私が気になるのは1つ。

全身麻酔から目覚めた時の吐き気。





6年前、卵巣嚢腫の腹腔鏡手術を受けた。

その時、全身麻酔から覚めた時の吐き気がひどくて閉口した。

一晩は起き上がってはいけないらしく、翌朝初めて体を起こしたらリバース。

その後も吐き気がなかなか抜けず、ご飯が食べられなかった。





だからきっと今回もそうなる気がする。

(そしてやっぱりその通りだった。)





時間になったので、歩いて手術室へ。

次に目覚めたのは、病室へ戻るストレッチャーの上。

「メイキーさーん、無事終わりましたよ。」

そう呼ばれて目を開けたら、ベッドを押している先生の顔があった。

「もう17時ですよ。」

「??? 先生、お疲れ様でした。」

「いえいえ。」





17時と聞いて、予定より大幅にオーバーした事を瞬時に理解できた。

なんでそんなにかかったのかしら?と思っているうちに病室へ。

看護師さんが、「個室空きましたからね。荷物はご主人に移動してもらいました

からねー。せーのーッ!」と言いながらベッドに移してくれた。





よ、よかったー!個室!

これで眠れる。もう大丈夫。

この先しばらく納豆ご飯だけだとしても、個室がよかった。

私は普段から孤独空間を好むので、環境が回復の早さを左右するのだ。






ベッドに移って開口一番、「膝を立てていいですか?」と聞いた。

目が覚めた時から、腰が割れるように痛かった。

腕の痛みなんて眼中にない。それより、こ、腰が痛い!!!

7時間も仰向けだったせいだと思う。





「だいぶオーバーしたけど、無事終わって先生から説明も受けたよ。」とダンナ。

横にはなぜか母がいる。

「来たの?」と聞いたら、家で電話を待っていたけれど、なかなかかかってこない

から心配で来たとのこと。ああ、なるほど。





早くも吐き気がしていた私は、それ以上話す気分ではなく、

しばらくして2人は帰って行った。

腕を見ると、さらに極太になっていた。

寝返りは打っていいと言われたけれど、右腕はまったく動かない。

というより、怖くて動かせない。





今日一晩は、水分も禁止。体を起こすのも禁止。

尿道にはカテーテルが入っている。

腰が痛いから横向きになったけど、今度は首が痛い。

「マクラください。」と言ったら、あと2時間くらいはダメと言われる。(泣)





その夜は、予想通りの吐き気との戦い。

6年前と同様、傷の痛みより私は吐き気の方がつらい。

気持ち悪かったら使ってくださいね、と言われたガーグルベース(お皿みたいの)

も使った。1回だけ。





足には血栓防止の器具が取り付けてある。縦長のゴム風船みたいなのがポン

プで膨らみ、ふくらはぎを両側から圧迫して戻してを繰り返している。

前回の手術の時は、着圧ソックスを看護師さんが脱いだり履かせたりを一晩中 

繰り返してくれた。このソックスは力を入れないと伸びないので、えらい重労働

で申し訳なかった。今回は機械だったのでその心配は不要。





夜中に何度も看護師さんが見に来てくれる。

毎回血圧と体温を測り、「38度を超えたので氷枕を持ってきますね。手術後は


が出るんですよ。」と、みんなやさしい。

熱が出ている感覚はなかった。それより吐き気が。。。。

でもこれは過ぎるのを待つしかないので、グっとがまん。


「気持ち悪い」、に気を取られ、腕の痛みをく訴えることなく朝を迎えた私に、

看護師さんが、「メイキーさんは痛みに強いですね。普通はみなさん痛みを訴え

て夜中に痛み止めの点滴をするんですよ。」と言われたけれど、みんなは気持

ち悪くないのだろうか??やっぱり体質によるのかなあ。






腕ももちろん痛かった。重くて熱い感じ。

そりゃ7時間もいじってたらそうだよねと思うと、耐えられないほどではなかった。

何度も書くけど、それよりも吐き気の方がつらかったのよーー。

またいつか手術することもあるだろうけど、この吐き気はトラウマものです。





術後一晩明けた朝、

長くなったので、また今度書きますー。





【マイキー&メイ】



肩に止まって「なでて~」と甘えるマイキー

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メイは、自分で羽繕いをした直後にしかなでさせてくれないのcoldsweats01

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2017年10月14日 (土)

右肘骨折回想録 その3

右肘を骨折して7ヶ月。

回想録を書いております。





診察をしてもらい、手術の日程も決めた。

その際に、後遺症の説明もあった。

「たぶん、曲げるのはこのくらい。伸ばすのはこのくらいまでかな。」と、

先生が自分の腕で実演してみせてくれた。





「そっかー、もう元には戻らないんだな。」

でもそんなにショックはなかった。

というのも、「けっこう何でもできますよ。そんなに不便じゃないです。」

と先生が付け加えてくれたので、「ならいいや。」とあっさりと納得。





実際、先生の予測通りの可動域だけれど、

日常生活において不便なことはほとんどない。

曲げるのはかなりできるけど、肩先は触れない。

伸ばす方は、90度に曲げた状態からちょっとだけ動かせる程度です。




スポーツはちょっと厳しいかな。腕を使う系はダメですね。

落としたものを右手で拾おうとすると、だいぶかがまないと拾えない。

可動域に関しては、また改めて書きます。







手術までの1週間は、することもないので仕事(パート)には行った。

右腕は使えないけれど、ローテーションで受付業務があるので、

そこへ回してもらった。





脱臼で外れた関節を入れてもらってから、痛みはウソのように消えた。

本当に3ヵ所も骨折してるのー?って感じ。





痛みがないというのはすばらしくて、仕事も家事もこなせちゃう。

料理は左手で野菜をまな板の上で、ダンダンと切ってレンジでチン。

あとは冷凍チャーハンとかお惣菜とか納豆とかでなんとかなった。

というより、普段よりだいぶヘルシーだったw






難しかったのは、洗濯物を干すこと。

片手でできないこともないのだけど、1時間かかったdespair

これは素直にダンナに頼むことにする。







どうせなら、片手でどこまでできるか見極めようと、いろいろ試してみた。

3駅離れた所に住む母が、手伝いに行くという申し出も断った。

やってみたらほとんどのことができた。





あ、あとお風呂で左腕を洗うのと、髪の毛のブローが無理だったcoldsweats01

腕を洗うのはダンナに頼むことで解決。

髪の毛は、ケガをしたせいでロングからボブの長さにカットした。





シャンプーは片手でできても、ブローができない!

うーん、できるようになるまでシャンプーは美容院でしてもらおう。。。






シーネ(ギプス)をした初日、寝るのが恐々だった。

眠れたけれど、寝返りを打つ時は必ず目が覚めた。

「今は右手をケガしてる!」というのを体が自覚してる?のか、眠りが浅いの

か、寝ていてうっかりというのはこの後も1度もなかった。

でもやっぱり眠りは浅かったなー。何度も目覚めて寝不足気味だった。






つらかったのが背中のコリ。

肩は何ともないのでまわせるけれど、腕が伸ばせないと肩甲骨あたりの筋肉が

ほぐれないのだ。

日頃ストレッチを日課にしている私は、このコリがとても気持ち悪い。

そしてこれは今も続いている。








こんな感じで、手術までの1週間を過ごしていざ入院。

退院は5日~7日後の予定。個室を希望したけど空いてなかった。

インコ達としばらく会えないのがつらいよー。






手術・入院編は次回書きますー。







【マイキー&メイ】


いつ撮ったやつだろー。よく撮れてお気に入りの一枚。

 

マイキー(オカメインコ オス11歳)

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9歳になっても食欲旺盛のメイ(セキセイインコ  オス)

39グラムでちょっとおデブだけど、メイには適正だと思ってる。

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2017年10月13日 (金)

右肘骨折回想録 その2

前回、

飲み会に出かける時にコケて、すぐに接骨院へ行ったと書いたけれど、

その時の服装がね、ちょっぴり恥ずかしかったのですよ。。。




赤ちょうちん系の焼き鳥屋で、ノリのいい男性も来るとのことだったので、

ふざけて、「じゃあお水っぽい格好で行くね!」と予告していたワタシ。



自作のヒョウ柄のロングカーデに濃青のアイシャドウ。アイラインもバッチリ。

髪もくるくる巻いて、自分でも笑っちゃうくらいのケバさ。



この格好で接骨院へ行くのはためらわれたけれど、仕方ない。

こういう所がなんと言うか、とってもワタシっぽい。



帰宅後、すぐにメイクを落としたくても、右手がまったく使えない。

ロングヘアをまとめたいけれど、片手じゃ無理。

仕方なくダンナが帰るのを待つことに。




帰宅したダンナに、輪のヘアゴムを渡して、「1つに結わえてくれる?」

と頼んだら、しばらくモチャモチャやった後、「無理。できない。」だって。

内心、「はあ?」だったけれどぐっとこらえ、「じゃあこれでお願い。」と、

バレッタを渡した。そうしたらやっぱり、「わかんない。できない。」とな。。。。




「じゃあ、髪持ってて・・・」と、ようやく濃いメイクを落とせてスッキリ。

そして、「明日髪の毛を切ってこよう。」と誓った夜なのでした。


痛く長い夜が明けて、ようやく朝。





タクシーを呼び、まずは接骨院へ寄って紹介状をもらう。

そして歩いて30分でも行ける隣の市の総合病院へ。



「すいません、シートベルトできないんですー。」と事の顛末を語る。

「どうぞお大事にしてくださいね。」と夫よりやさしい運転手さん。



慣れない左手で色々記入して整形外科へ行ったらば、

ものすごい混雑!座るところもない・・・!



だから病院は嫌いなんだよ・・・とブチブチ心の中でつぶやいてたら


左手で右手を支えている私を見て、「あなた痛そうだから座りなさい。」と年配の

女性が席を譲ってくれた。「いえいえ。大丈夫ですよー。」と笑顔で遠慮した。

でもうれしかったです。ありがとうございました。




実際、動かさなければそんなに痛みはなかった。

指まで腫れてはいたけれど、指も動いたしジャンケンもできた。



途中から座れて待つこと2時間。

呼ばれて先生の前に座って状況説明。

「まずはレントゲンを撮ってきてください。」



で、レントゲン室で待つこと30分くらい?

できた写真を受付で渡してさらに30分くらい?



再び呼ばれて先生の前へ。

レントゲンを見ながら、「脱臼してますね。」

「あ、脱臼なんですねー。よかったー。」

「骨折もしてます。3ヵ所。手術した方がいいですね。」

「え?3ヵ所?」

「よっぽどの衝撃だったんですね。」




と言う事でくだった診断は、書いてもらった診断書によると、


◎右橈骨頭骨折

◎右尺骨鉤状突起骨折

◎右肘関節外側側副靭帯断裂

と、プラス 脱臼 でした。




「これね、痛いんですよねー。よく一晩ガマンしましね。普通なら救急で来ます

よ。」と言われたけれど、だって接骨院の先生がガマンしろって言ったし。。。

それに今思うと、救急で行っても整形外科の先生がいなかったら、やっぱり包帯

だけ巻いて「明日また来てください。」と言われただけだと思う。

動かさない限り痛みが少なかったら、関節外れてても耐えられたのです。





脱臼はすぐに入れてもらえました。

レントゲン室で、画面で骨を見ながら先生が組んだ指をモミモミ。

「はい、じゃあちょっと痛いですよー」と言いながら右肘をグリグリ。

「うぅぅぅぅーーーー!」、痛みに強い私でも声が出たw

終わってから、「今のはけっこうな被爆だったのでは?」と冷静な自分がいた。




直後に固定。肘から手首までを「シーネ」という軽量ギプス?で覆い上から包帯

を巻く。簡単に取り外せて軽い!電動のこぎりは不要。

医学の進歩ってすごい!




手術はお互いの予定を確認し、1週間後に決めた。

「で、どうしますか?手術の説明は後日家族と来ますか?それとも今日

しちゃってもいいですか?」と聞かれたので、今日聞くことにした。

「じゃあ、必要な検査もこの後全部済ませましょうか。そうしたら1週間後の入院


まで来なくていいですよ。」とのことなので、そうすることにした。




検査の中に、肺活量を測るものがあり、これで手術に耐えられる体力があるの

か見ると言う。1回目は基準値までいかなかった。

「はい、もっと吐いてー、もっともっと!」と看護師さんは応援してくれるけれど、

昨夜ほとんど寝ていない上に、お昼も食べていないので腹に力が入らない!

なんとかパスして次の検査へ。そしてまた次の検査へ。




検査が終わって病院を出たときは、もう外が暗くなり始めていた。

入ったの10時過ぎだったんですけど・・・。




だ帰れない。薬局で痛みどめをもらわねば。でも腹が減った。

カウンターにカロリーメイト発見。

外で立ったままモグモグ食べてタクシーを呼ぶ。疲れて電車で帰れない。



でも私には、この後まだやらねばならない3つのミッションが残っていた(泣)




まずは、職場へ行って経緯の説明と、入院のための欠勤の報告。

その後は、美容院へ行って髪を切る事。でないと一人で顔も洗えない。




そして、固定して極太となった右腕でも着られる服を探さないと!

駅ビルのショップで事情を話して店員さんに探してもらおう。。。。





すべてを終わらせて家に帰宅したのは、20時近く。

最後に寄った行きつけの美容院で、足首も捻挫してると言ったら、

家まで送ってくれると言うので、お言葉に甘えちゃいました。

その後、シャンプーをしに美容院へはしばらく通うことになりました。




と、この日はとにかく長く疲れた1日でしたーーーー。



骨折生活については次に書きますー。






【マイキー&メイ】


「出せ出せ」コールがあまりにひどいので、

ケージに手を突っ込んでパチリ。きょとんとした顔のマイキー。

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セキセイは滅多に呼び鳴きはしないけれど、

たまに大声でおもちゃをガンガン鳴らすメイ。

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2017年10月12日 (木)

右肘骨折回想録 その1

もうすぐ右肘を骨折してから7ヶ月。

早いなあー。



実は右肘骨折は2度目で、1度目は6歳の時。

小学校の入学式の次の日に鉄棒から落ちたのでした。



この時は1週間入院はしたけれど、手術はしなかった。

ギブスを切る電動ノコギリ?が恐ろしかった記憶が。。。

子供の骨折は手術しなくても治るのですねー。若いってスバラシイ。




さて、今回の骨折は、「え?なんで?」と、

納得がいかなくて、キツネにつままれたような感じ。




だってね、高い所から落ちたわけでも、勢いよく転んだわけでもなく、

さあ行くか、と一歩踏み出した足がグキってなってその場でコケただけなの。

なのに7時間の手術ですよ!



この日は休みで、夜に友人たちと地元で飲む約束があったので、

18時少し前に、さあ行くかと靴を履いて玄関の鍵を閉めた。




目の前の私道では子供たちが遊んでて、向かいの家のおじさんが車庫にい

た。それを見ながら、玄関の段差から足を踏み出した直後、




「?!」

気が付くと顔が地面についてた。でも強打はしてない。あ、転んだ?



子供たちが振り返ってこっちを見てて、

おじさんが車庫から、「大丈夫?大丈夫?」と声をかけてくる。




転んだというより、倒れたと思ったのだろう。

「大丈夫ですー。」と言って、手の中から飛んでしまった鍵を拾おうとした。

右手で鍵を触るのだけど、掴むことができない。「あれ?あれ?」嫌な予感。



左手で鍵を拾い、事態を把握しようと鍵を開けて家に入った。

んで、玄関に入った途端、「あー、これ折れたなあ。」と思った。



まずは友達に行けなくなったことを電話して伝えなくては。

楽しい飲み会のはずだったので、笑いながら、「玄関で転んで腕ケガした!」

と伝え、行けないことを謝罪。



次は病院。の前に、どこが痛いのかもう1度観察。

段差でグギってなった右足首と、そのせいで体勢を崩して強打した右肘が痛い。

でも歩けないことはない。




時間は18時を過ぎている。歩いて10分のところに個人の接骨院がある。

まだやってることを祈って、そこへ歩いて行くことにした。



右肘は、曲げた状態を左手で支えると楽なことに気付いた。

右足を引きずりながら、脱臼だといいなあと思いながら接骨院へ。

近所だけれど来るのは初めて。扉を開けたら受付に先生本人がいた。

今思うと、たぶん18時までだったのだと思う。



「今、家の玄関で転んじゃって、たぶん骨が折れましたー。」と伝える。

一瞬固まったけれど、診てくれると言う。

初診なので、住所やら電話番号やらを書かなければいけない。初左手記入。



診てもらえたのはよかったけれど、残念ながら包帯を巻いただけなのでした。

「たぶん骨折だと思うけれど、レントゲンを撮らないとわからない。今晩一晩ガマ

ンして、明日大きな病院へ行ってください。紹介状を書いておくから、ここに寄っ

てから行ってね。今から診てもらえるところがあるか探してみたけど、やっぱりな

いねえー。」と言われた。



看板に「骨折」と書いてあるのにダメなのか。。。とガッカリ。

明日も仕事は休みだからよかったけれど、どこの病院にするかなー。

と考えつつ左手で右手を支えながら帰宅。



ダンナに、「玄関で転んでたぶん骨折したけど、接骨院行ったから大丈
夫」と

Lineしたら、「了解です。今日は飲み会です。」って返信がきて笑ったw



次の日に判明したけど、骨折と脱臼もしていた。痛いはずよね。。。

横になることもできないので、眠るのはあきらめて一晩中ネットとゲーム。



左手でポチポチして近所の病院を検索。隣の市の総合病院に決めた。

時間はたっぷりあったので、肘の骨折も色々検索したら、どうやら手術の可能性

大。マジかー。



あー、まいったなぁ。ちょっとコケただけなのにーcrying

と、イスでウトウトしながら過ごした夜だった。




長くなったので、分けて書きますー。




【マイキー&メイ】



モサモサに伸びた豆苗

Img_3600




インコたちはこの方が食べやすいようで。

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メイは多動なので、写真を撮るのに一苦労coldsweats01

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2017年10月11日 (水)

10ヶ月ぶりの

2016年、大晦日を最後に放置していたこのブログ。
思う事あってまたポツポツ綴ることにしたけれど、つ・・続くかなcoldsweats01



前回の記事で、認知症になった叔母夫婦の事が書いてあったけれど、
叔母は今年の1月に他界した。よって私の成年後見人生活も終了。


残る叔父の今後の生活は、叔父方の姪にお願いすることにした。
叔父の施設の保証人変更と財産の引き渡し、僅かな遺産の相続手続きも済んだ。


売却不可能と思われた悪条件の自宅が奇跡的に売れたことや、
今回の介護を通して思ったことなどは、またいつか書き残したいと思う。




私自身の出来事で特筆すべきは、
3月の終わりに、右肘を骨折して7時間の手術を受けた。


後遺症で右肘を伸ばすことができなくなってしまったけれど、
幸いほぼ何でもできるし、しびれやマヒもなく握力も前の通り。


不便なこともあるけれど、ここまで回復すれば御の字。
そのくらい重傷な骨折だったのでした。これは次回書きますです。





そして、我が家のアイドル、2羽のインコちゃん。


オカメインコ  マイキー 11歳(オス) 

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セキセイインコ  メイ 9歳(オス)

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2羽とも元気に飛び回ってます。
メイは年のせいで疲れるのか、遊んだ後はすぐ寝ちゃう。


この何年かは、2羽とも病院知らず。よかったよかった。
暖房の準備もオッケー。


マイキーはダンボールが好きすぎて、ここが自分の家だと思ってるようで。。。
夢中になってる所に近づくと攻撃するので、撤去しようか考え中。


やっぱりかわいそうかしら。。。

 

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マイキ&メイ

  • 090327_110301
    ペットのオカメインコ「マイキー」とセキセイインコ「メイ」の記録です。